仕事が辛い、働くのが憂鬱、自分にはどんな仕事が向いているのかわからない…
今回ご紹介するのは、そんな方におすすめしたい1冊『仕事にしばられない生き方』です。 前回書いた【エミリーの本棚】世界の壮大さ、多様さを感じさせてくれる1冊「国境のない生き方」とは視点を変え、この本は、大人気漫画『テルマエ・ロマエ』の作者であるヤマザキマリさんがチリ紙交換のアルバイト、絵描き、テレビレポーター、大学教師、事務、そして漫画家などなど、「10足のわらじ」をはいた経験から培った、お金と仕事の価値観を語った本です。
仕事やお金に対する価値観から、ヤマザキマリさんの人生を垣間見ることができます。
きっと、この本は何のために働くのかを考えるきっかけになることでしょう。
「仕事にしばられない生き方」が伝えるテーマ
この本は、仕事が何たるかをお説教的に述べた本ではありません。
ヤマザキマリさんがイタリアで極貧生活にあえぎながら、体当たりで様々な仕事に挑み、必死に生きてきた人生を読む本です。
社会人として仕事をする上で、
「仕事が辛い」
「お金にならない仕事をいつまで続けるべきか」
「嫌な上司がいたらどうすべきか」
などと感じた経験はきっと誰もがあることでしょう。
ヤマザキマリさんは”「仕事」という、この生きていくためのあたりまえの営みが、つらいだけであっていいはずがない” と本書で述べています。
合わない仕事を続けて心身をすり減らすより、色々やってみて、自分に合う仕事が見つかったらそれに乗っかってみればいい。
あまり「これしかない」と一つのことに固執しすぎると、せっかくいい波が来ているのに、見逃しちゃうことだってあると思う。
そんな時、いい波を見極める潮目を読む力も必要。
「仕事にしばられない生き方」は、そんなメッセージを力強く読者に伝えてくれています。
衝撃的なエピソード
この本を読んで驚かされるのが、ヤマザキマリさんの価値観を築き上げた壮絶な経験の数々です。
ヤマザキマリさん自ら求めてそうなったわけではないものの、幾多もの壮絶な経験を乗り越えて行き着いた価値観が「仕事にしばられない生き方」なのだとわかります。
その中でも私が特に印象に残ったエピソードを3つご紹介させてください。
①妊娠中にひどいうつ状態で入院…病院で出会った人たち
ヤマザキマリさんは17歳でイタリアに留学し、詩人の恋人ジュゼッペと同棲しながら絵を学びます。
ですが絵描きと詩人が一緒に暮らしているのですから、お金がない。
露天商や似顔絵描きで食いつなぐ日々でしたが、ある日ジュゼッペが借金をしていることが分かります。
そして妊娠が分かったのも、ちょうどこのころでした。
結婚もしていなければ、経済的にも破綻している。
借金返済のため奔走しているうち、食べることも寝ることも忘れ、ヤマザキマリさんはひどいうつ状態で、入院を余儀なくされます。
精神科には、革命家の歌を歌っている人、政治理念をしゃべっている人など、色々な人が入院していました。
しかし、ヤマザキマリさんは彼らをおかしな人たちだとは思いませんでした。
この世の凶暴さと直面して、すごく、私なんか比較にならないような、つらくて大変な思いをしてきたのだと思いました。
仕事にしばられない生き方/ヤマザキマリ
この一文を読んだ時、生きていくとはなんて大変なのだろうと思いました。
みんな幸せになるために生きているはずなのに、残酷な世界に直面し、乗り越える術もないまま壊れてしまう人、死にたいと思いながらも必死に今日まで生きてきた人の多いことを実感させられました。
ヤマザキマリさんは退院後、お腹の子を毅然と前を向いて生きていける子に育てようと決意し、出産します。
②「テルマエ・ロマエ」ヒットの裏で家庭崩壊の危機
「テルマエ・ロマエ」が日本でヒットしたことは皆さんもご存知の事と思いますが、その頃ヤマザキマリさん家族は崩壊の危機に直面していたそうです。
その頃、ヤマザキマリさんは漫画の連載を5本も抱え、昼夜問わず仕事と向き合っていました。
しかし夫であるベッピーノにはそれが理解できません。
イタリア人であるベッピーノにとっては、夜6時、遅くとも7時には仕事を切り上げるの当たり前です。
しかしイタリアで絵をお金に換えられず苦労したヤマザキマリさんにとっては、漫画はやっと到来したチャンスであり、長年温めてきたアイデアを形にする絶好の機会です。
自分はやりたいことがあって、それに向かって頑張っているのに、家族や周囲の人たちの理解が得られないのは辛いものです。
また、この仕事と家族をめぐる問題は今も解消したというわけではないというのですから、壮絶さがうかがえます。
映画『テルマエ・ロマエ』の興行収入は59億円であったにもかかわらず、原作者であるヤマザキマリさんに支払われた原作使用料はわずか100万円、とのエピソードは有名なので、ご存知の方もいらっしゃるかもしれません。 ③『テルマエ・ロマエ』作者置き去り事件
しかしヤマザキさんの夫のベッピーノは「そんなはずがない」「マリは、悪いヤツに騙されているんじゃないか」と怒り心頭。
さらに、ヤマザキマリさんがバラエティ番組に出演されたとき、「映画で儲かったでしょう」と聞かれて「いえ、原作料は100万円です。でもみなさん、だいたい、そんなものだと思いますよ」とはっきり金額を言った時、それが波紋を呼び、同業者から批判されることになります。
このエピソードだけでも驚くに値しますが、さらに驚いたのが、ヤマザキマリさんが映画「テルマエ・ロマエ」のローマでの試写会開催も知らされていなかったことです。
ヤマザキマリさんにとって第二の故郷であるイタリアでの試写会の開催を、彼女はイタリアにいる友人から知らされたのです。
「原作者なのに知らないってあり⁉」と友人に驚かれつつもヤマザキマリさんが主催者に問い合わせてみると、そのタイミングで参加することは不可能でした。
ヤマザキマリさんの歩んできた人生の結果ともいえる「テルマエ・ロマエ」という作品が、作者の元を離れて得体の知れないものになってしまう。
そのことに大変ショックを受けました。
私は漫画や本が大好きで、原作者様はその作品の創造主であり、絶対的な存在だと認識しています。
だからこそ、作品の設定や世界観、メディア展開された場合の詳細な取り決めは、すべて作者様のお考えが絶対だと思うのです。
また、自分の人生の一部ともいえる作品によって自分が疎外されているような思いをさせられたらどうか…
このエピソードには私も悔しい思いがしましたし、まさに絶句でした。
そのような作者が置き去りにされた状況下で、ヤマザキマリさんはひたすらに漫画を描き続けますが、ある日倒れてしまい、病院に運び込まれます。
それをきっかけに、「ゴールのないマラソンを走り続けることは自分には無理」と悟り、イタリアに帰り家族はそれぞれのペースを取り戻します。
仕事が辛いときは
本格的に油絵をやるとなったら、思う存分、好きなようにやりたいし、人の指図なんて受けたくないと思いますから。それじゃ食べていけないってことくらい、自分でもよくわかっているからこそ、漫画家になりました。(中略)今は漫画を描くべき波が来ているのだから、それに乗る。そうすると、そこでできること、出会える人がいるわけで、それをまたその先を生きていくときの力にしたらいいんです。
仕事にしばられない生き方/ヤマザキマリ
ヤマザキマリさんが『仕事にしばられない生き方』で伝えたかったことは、柔軟に、軽やかに生きていくことが、自分を「仕事」という概念にしばらずに楽にしてくれる、ということなのだと私は思いました。
いい波が来たら乗ってみよう
仕事を選ぶうえで「私にはこれしかない」と思ってしまうことは往々にしてあると思いますが、自分をその考え方でしばらずに、「自分に乗れそうな波」が来た時に思い切って乗ること、「自分に合う場所がきっとどこかにある」と信じて動くことがこの高度資本主義社会で心を病まずに生きていくために必要なことなのではないかと。
私は大学で教員免許を取り、これしかない!と教師になる道に固執していましたが、3年間勤めてみて、教師という仕事の膨大さ、働き方の不合理さ、感情労働の辛さを感じ、体調を崩し退職することになります。
しかし「これしかない」と思っていた仕事を辞めたところで人生がおわるわけではありません。
自分にできること、やりたいことを探す旅は続いていきます。
楽しいこと、面白いことを探して思う存分やってみれば、人生なんてあっという間だとヤマザキマリさんも書かれています。
古代ローマ人が教えてくれた大切なこと
この本の「第5章 仕事とお金にしばられない生き方」の「古代ローマ人が教えてくれたこと」という説に、とても印象的な言葉があります。
働いて、働いて、でもそれはいったいなんのためなのかもわからなくなっても、働き続ける。そんな生き方の先に、幸せがあるだなんて、とうてい思えません。(中略)社会というのは、もともと人間が作ってきたものなんですから、もしそれが本当に現実だというのなら、みんながちゃんと幸せになれるように、不都合があったり、おかしいことがあれば、みんなで冷静に考え、どうにか手を加えて変化させていけばいいのです。
何かと言えば、弱肉強食と言いたがる人たちは、自然界の摂理なんて、おそらく何もご存じないに違いありません。鳥や獣たちの方が、自分たちが共存していくためにどうしたらいいのか、よっぽど、わかっている気がします。生きとし生けるもの達をよくよく観察してみれば、弱肉強食どころか、棲み分け、譲り合い、分かち合っている。そんなこともわからないで、傍若無人に振舞っているのは、むしろ人間くらいです。(中略)
それなのに闇雲な実利主義を振りかざして、知識や教養まで、お金を稼ぐことに役立つかどうかで、有益か、そうでないかを決めようなんて、浅はかで、ナンセンスな話です。
仕事にしばられない生き方/ヤマザキマリ
この言葉に触れた時、私の中での「仕事」というものの価値観が作り変えられていくような感覚がしました。
私たちは、働くために生きているのではなく、生きるために働いているのだという本質的なことに、この本は気づかせてくれました。
お金に振り回されるために生きているのではない。
まずは自分にできることを見つけ、手を動かしてみる。
いい波がきたら、乗ってみる。
お金はきっと、そのあとからついてくるものなのではないかと思います。
「仕事が辛い」そう感じているあなたの心が、「仕事にしばられない生き方」を読むことで少しでも軽くなることを願っています。
気になった方はぜひ読んでみてください。
エミリーの本棚では、ほかにもたくさんの書評を書いています。
ご興味のある方は、ぜひご覧ください。
最後までお読みいただきありがとうございました。