天皇陛下が1983年から約2年間、オックスフォード大学で過ごした日々。
テムズ川の運行の研究や音楽活動、ご学友との交流、登山やテニスなどのスポーツ、さらには英国や海外への旅。
オックスフォード大学での「何ものにも代えがたい貴重な経験」を綴った青春の記録が『テムズとともに』です。
この本を読んだきっかけは、イギリス留学から帰国した後、ほかの方から見た英国はどのように映っているのだろう?と思い、留学記を探していた時のことです。
現在の天皇陛下がイギリスのオックスフォード大学にご留学されていた時の留学記である『テムズとともに』がに目に留まりました。
天皇陛下がご覧になった英国はどのように映ったのだろう?それは私が英国で感じたものと同じだろうか?ということがとても気になり、『テムズとともに』を読んでみることにしました。
読み終えてみて、この本は天皇陛下の気さくで思いやりの深いお人柄がよくわかる、大変貴重な一冊だと感じました。
オックスフォード大学の寮のランドリールームを泡まみれにしてしまわれたことや、意図せず教授との約束を忘れてすっぽかした形になってしまい急いで謝罪されたことなど、天皇陛下のお茶目な一面がユーモアを交えて綴られています。
また、初めてフィッシュアンドチップスを召し上がったこと、ディスコで踊られたこと、ご学友とのアンサンブルでヴィオラをご担当されたこと、論文のテーマに「テムズ川」をお選びになった理由など、私たちが普段知ることのできない天皇陛下の学生生活を知ることができます。
『テムズとともに』は海外留学に興味のある方や、天皇陛下がオックスフォードでどのような生活を送られていたかを知りたい方におすすめの本です。
この記事では、『テムズとともに』の面白さ、素晴らしさをエピソードを交えて皆さんにお伝えします。
天皇陛下 テムズ川との出会いと再会
一九七六年のベルギー、スペイン訪問の帰途、短時間ではあったが立ち寄ったことがある。飛行機の乗り継ぎの関係もあり、市内を巡る時間は少なく、その時のロンドンの思い出はウィンザー城とそのそばを流れるテムズ川と最寄りのレストランで食べたロースト・ビーフに限られる。ウィンザー城には感心したが、テムズ川とロースト・ビーフの味はさほどよい印象ではなかった。古いつくりの橋を渡りながら眼下に眺めたテムズ川はごみの浮く少々汚れた川という記憶が強くロースト・ビーフはシンプルな味という以外は取り立てて印象に残らなかった。
それから七年、(中略)ここで、私はテムズ川と再会することとなる。(中略)しかし、この時点ではテムズ川が留学中の研究テーマになろうなどとは思いもしなかったのである。
徳仁親王「テムズとともに」紀伊国屋書店,2023年4月,9-10ページ
この一節には天皇陛下のテムズ川との初めての出会いと、オックスフォード大学ご留学に際しロンドンを再び訪れた時のテムズ川との再会について綴られています。
テムズ川とは南イングランドを流れる川で、ロンドンと北海をつないでいます。
テムズ川を実際に見たことがある方ならお分かりいただけると思うのですが、テムズ川は海水と混ざり濁った色をしています。
私も実際にロンドンでテムズ川を見て、天皇陛下と同じような感想を抱きました。
しかし、テムズ川は濁っていますが、この雄大な景色には不思議な魅力があります。
イギリスの首都ロンドンの歴史を見守ってきたのだという威厳のようなものを感じます。
天皇陛下はのちに、このテムズ川の交通史をオックスフォードでの研究テーマとして選ばれます。
「プリンス・ヒロ」 オックスフォードでの呼び名
そうこうしているうちに、入学式が行われる十五日がやってきた。(中略)朝の九時にマートン・コレッジのフロント・クオッドで新入生全員が集合し、一人ずつ点呼を受けた。私は最初‟Mr. Naruhito”と呼ばれて、同期生の爆笑をかった。読んだ人もすぐに‟Prince Naruhito”と呼び直してくれたが、ともかく硬い雰囲気がほぐれた一瞬であった。(中略)なお、私はオックスフォード滞在中、先生方や学生にヒロと呼んでもらった。ナルヒトに比べれば覚えやすいと思ったし、ヒロという言葉の響きも好きであったからだ。
徳仁親王「テムズとともに」紀伊国屋書店,2023年4月,47ページ
ここはオックスフォード大学入学式の一場面です。
皇族の方には苗字がないため、周囲の人がお名前を間違えて呼んだり、皇族の方だと気づかぬまま呼んだりといった微笑ましいエピソードが彬子女王の『赤と青のガウン』でも描かれていました。
天皇陛下はご学友や先生方に「ヒロ」と呼ばれていましたが、これは天皇陛下の御称号の「浩宮(ひろのみや)」からとったものです。
ローンドリーでの大失敗
『テムズとともに』を読んで、天皇陛下は朗らかな雰囲気を作ることに長けた方だということを強く感じました。
次にご紹介するのは天皇陛下がオックスフォードで洗濯をなさる場面です。
このエピソードからも、天皇陛下のユーモアを感じていただけるのではないかと思います。
(前略)私は手順通りに機械の中に洗濯物を入れ、洗剤を注ぎ、お金を入れた。四十分ほどで出来上がると聞いていたので、四十分後に再び地下のローンドリーに行ってみた。すると、あたりは泡だらけである。よく見ると泡は明らかに私が使用した洗濯機から流出している。そばにはあきれ顔の一人の学生がいた。「これは、君のか。泡があふれているよ」と彼は言った。洗濯物の詰めすぎであった。彼に詫びを言ってその場はどうにかしのげたが、今でも笑ってしまう。彼はMCR(ミドル・コモン・ルーム)のメンバーでドイツ人のH君といい、これが縁で知り合いになれた。洪水の収穫であろう。
徳仁親王「テムズとともに」紀伊国屋書店,2023年95ページ
天皇陛下が洗濯機から泡をあふれさせてしまい慌てるシーンを想像し、思わず笑ってしまいました。
さらに、天皇陛下はこのことをきっかけにご学友と知り合いますが、それを『洪水の収穫』と表現されているところにユーモアのセンスを感じました。
このように、『テムズとともに』には普段見ることのできない天皇陛下のユーモアが散りばめられており、それがとても魅力的です。
殿下とご学友 天皇陛下のユーモアが感じられるエピソード
『テムズとともに』を読むと、天皇陛下はオックスフィード大学での交友関係をとても広く持たれていたことが分かります。
コレッジ内での食事の場は、多くの学生にとっての憩いの場であると同時に社交の場でもあります。
陛下もコレッジでの食事を通じて、多くのご学友と互いの国の事や研究のことなどをお話され、弦楽四重奏のグループを結成されるなど交友の場を広げられていました。
そこで知りあったとあるカップルと、天皇陛下はとても面白い会話を繰り広げられます。
「日本語を教えてほしい」というそのカップルに、陛下がつい駄洒落を言ってしまわれたエピソードが『テムズとともに』で一番笑えた場面です。
気になる方はぜひ『テムズとともに』を手に取って読んでみていただきたいと思います。
『テムズとともに』歩まれたオックスフォードでの研究生活
私が『テムズとともに』を読む前に興味を思っていたことは、「陛下はなぜテムズ川を研究テーマにお選びになったのか」でした。
この本で最も興味深かったのが、陛下がテムズ川の交通史を研究テーマに選ぶに至った理由です。
そもそも私は、幼少の頃から交通の媒介となる「道」についてたいへん興味があった。ことに、外に出たくともままならない私の立場では、たとえ赤坂御所地の中を歩くにしても、道を通ることにより、今までまったく知らない世界に旅立つことができたわけである。
徳仁親王「テムズとともに」紀伊国屋書店,2023年140-150ページ
道は未知の世界と自分とを結んでくれる、という着眼点が、非常に面白いと思いました。
どんなに遠い道の世界でも、「道」を通して自分の今いる場所と確実につながっているのだと思うとロマンを感じる、という感覚は理解できるような気がしました。
そして、テムズ川の交通史を研究するにあたり、陛下はオックスフォード内外の実に多くの図書館を訪れ、資料集めに奔走されるとともに、指導教授と共に週に一回オックスフォードの歴史散策をし、、テムズ川の水上交通とオックスフォードの関係について知識を深められます。
レポートや論文とは自分で足を運んで書くものなのだということを実感しました。
また、オクスフォードにある資料や歴史的建造物などの文化的な資産の豊かさにも大変驚かされ、自分もオックスフォードを歩いてみたくなりました。
陛下が研究の過程でテムズ川に関する情報のピースを集められていく過程はとてもわくわくし、大いに知的好奇心を刺激されます。
また、この章には先生とのオックスフォード散策を忘れてボート競技を見に行ってしまい、大慌てでお詫びに行かれたことや、図書館でお気に入りの傘を盗まれてしまい、ずぶ濡れになって帰られたことなど、天皇陛下のお人柄がにじみ出る面白いエピソードの数々も見どころです。
まとめ 2024年6月22日、皇后様とともに再びイギリスの地へ
この記事では、『テムズとともに』での天皇陛下のお人が分かるような留学中のエピソードや、「テムズ川」の研究の過程についてご紹介しました。
まだまだ紹介しきれなかった面白いエピソードがたくさんありますので、ぜひ『テムズとともに』をお読みいただきたいです。
天皇陛下のユーモアにくすりと笑ったり、気さくなお人柄に親しみを感じたりすることも本書を読む楽しみだと私は思っています。
特に印象に残ったのは、最後の章「復刊に寄せて」に「遠くない将来、同じオックスフォード大学で学んだ雅子とともに、イギリスの地を再び訪れることができることを願っている。」と綴られていることです。
この文章を書いている今、2024年6月22日なのですが、今日は天皇皇后両陛下がイギリスを国賓として公式訪問される日なのです。
天皇皇后両陛下 イギリスへ出発 国賓として公式訪問 | NHK | 皇室
さらに、現地日程最終日には、皇后陛下とともに、お二人が学ばれたオックスフォードを訪問されるご予定です。
天皇陛下の皇后陛下とともに思い出の地オックスフォードを再び訪れたい、という願いが叶う日をとても感慨深く感じ、あたたかい気持ちになりました。
この本を読んだ皆さまにも、オックスフォードの空気を感じていただけたら幸いです。
エミリーの本棚ではほかにもおすすめの本の書評を書いています。
ご興味のある方はぜひご覧ください。
最後までお読みいただきありがとうございました。