みなさんは女性皇族として初の博士号を取得されたプリンセスをご存知でしょうか。
大正天皇の曽孫で、現在の天皇陛下の再従妹の彬子女王殿下。
彬子女王はオックスフォード大学にご留学され、そこで日本美術史を専攻。
海外に流出した日本美術に関する調査・研究を行われました。
ご留学中の楽しかったこと・辛かったことをありのままに綴った「最終報告書」が『赤と青のガウン』です。
2023年5月、「プリンセスの日常が面白すぎる!」とTwitter(現X)でバズって話題を呼び、2024年4月に文庫本が発売されました。
私はそれをきっかけに、自身もイギリスへ留学した経験があることもあり『赤と青のガウン』に大変興味を持ち、手に取りました。
読んでみると、彬子女王の博士論文執筆に奮闘されているご様子や、外向的で努力家で飾らないお人柄、ユーモアのセンスなどがとてもよく伝わってきて、大変面白い一冊でした。
特に300ページにも渡る博士論文執筆に四苦八苦しながらも懸命に取り組んでいらっしゃるご様子は、とても刺激になりました。
この記事では、涙あり、笑いありのオックスフォード留学記『赤と青のガウン』の面白さ、素晴らしさを皆さんにお伝えしたいと思います。
最も共感したエピソードは「英語の壁」
会話がすべて自分の頭の上を飛び交う。ときどき私に話を振ってくれることがあっても、会話に全くついていけていないので、返事をすることができない。「まあ、彬子に聞いても仕方ないか」と思われて、終いには話さえ振ってもらえなくなった。そうして私はどんどん孤立していったのである。
彬子女王「赤と青のガウン」PHP文庫,2024年5月,41ページ
多くの留学生にとって真っ先に立ちはだかるのが、「語学の壁」ではないでしょうか。
あらかじめ日常生活に困らない程度の会話をできるようにして行ったとしても、はじめはネイティブの方の会話についていくことはできません。
それに伴う疎外感と孤独感は、筆舌に尽くしがたいものです。
私がまずはじめに共感したのは、その英語が分からなくて辛い気持ちでした。
しかし彬子女王はその後、ご学友のアシストもあり、周囲の仲間と打ち解けていきます。
私は実際に英語を学びにロンドンの語学学校へ行ったのですが、英語での授業で先生の言っていることが6割程度しか理解できず、自身の英語力に絶望した経験があります。
ほかの留学生や先生からの励ましのお陰で徐々に学校生活が楽しめるようになっていったことにも非常に共感しました。
その時の詳しいお話は下記のブログで綴っているのでぜひご覧ください。
面白いからとご学友にお名前を勘違いされたまま…彬子女王の気さくなお人柄が分かるおもしろエピソード
彬子女王の気さくなお人柄が分かるエピソードとして、次のようなものがあります。
日本の某省庁からの出向で、オックスフォードに留学していたタケシさん(仮名)に会ったときの話。日本語で「彬子女王です」と自己紹介したのだが、音から判断して「アキコ・ジョー」さんだと思ったらしい。よく考えてみたら、日本人の女の子で「ジョー」という名前はおかしいのではないかと思うが、とりあえず面白いので何もいわず放っておいた。
(中略)
「マートン・コレッジは日本の皇太子殿下が通われたコレッジなんだよ。学習院からマートンなんてすごい偶然だね~」と彼。
そろそろ種明かしをしてあげたほうがよいかと思い、「そうなんです。同じ道筋を通っているので、皇太子殿下もすごくかわいがってくださって」といってみた。
彬子女王「赤と青のガウン」PHP文庫,2024年5月,77-79ページ
日本人のご学友にお名前を「アキコ・ジョー」と勘違いされているにもかかわらず、面白いからと何もいわず、ご自身がプリンセスであることも秘密にされていた彬子女王。
このエピソードには思わず声を出して笑ってしまいました。
彬子女王のいたずら心と飾らないお人柄が伺えるのではないでしょうか。
その後、彬子女王から日本のプリンセスであることを打ち明けられたタケシさんがどんな反応をしたかは………ぜひ「赤と青のガウン」を読んで確かめてみてほしいと思います。
「赤と青のガウン」ほかにも格安航空を使ってご旅行された際に係員にプリンセスだと気づいてもらえなかったことや、イギリスのスーパーでしめじを見つけ、日本を思い出してうれしくなり買おうとしたものの、日本円で約1,000円もしたため何も買わずに帰ってこられたことなど、プリンセスのおもしろエピソードが綴られています。
エリザベス女王とのアフタヌーンティー プリンセスの面白すぎる日常
『赤と青のガウン』には、プリンセスとしての様々な興味深いエピソードが綴られていますが、その中でも特筆すべきは、エリザベス女王とのアフタヌーンティーでしょう。
それは二〇〇五年夏。在英日本国大使館に女王陛下からバッキンガム宮殿へのお招きの連絡がきた。お話が来たときはほんとうに「えっ」といったあと、しばらく言葉が続かなかった。おうかがいするとお返事したものの、何を着たらよいのか、帽子や手袋はどうするのか、何のお話をしたらよいのか、さっぱりわからない。(中略)不安でいっぱいのまま、その日を迎えた。
(中略)
このときの記憶はほんとうにあいまいなのだが、女王陛下にお話ししたことで一つだけはっきりと覚えていることがある。私が大英博物館の日本美術コレクションの研究をしているという話題から、英国王室の美術コレクションの歴史などの話題になった。
(中略)
(いま思うと大胆不敵以外の何ものでもないが)「大英博物館でもとても良い日本美術の展覧会が始まったところなので、もしご興味がおありでしたらぜひお出かけください」と申し上げた。すると女王陛下は「時間があったら行くことにしましょう」
彬子女王「赤と青のガウン」PHP文庫,2024年5月,77-79ページ
この一節を読んだ時、エリザベス女王と日本のプリンセスの一対一のお茶会のご様子をこんな風に詳細に知れるなんて本当にすごいことではないだろうか…?と不思議な感覚に陥りました。
私のような一般人からしてみれば、英国女王とのお茶会など本当に自分とは全く違う世界の話のようですが、彬子女王にとってもエリザベス女王とのお茶会は「何から何まで現実味がなく」「ぼんやりとした記憶しかない」とのことで、大変にご緊張されていた様子が伝わります。
さらに彬子女王は、日本の美術の展覧会をエリザベス女王におすすめし、後日そのことを英国人の指導教授のティムにお話しされます。
すると指導教授ティムは目をこれでもかと大きく見開き絶句。
ティムの驚き方と動揺具合には思わず笑ってしまうことでしょう。
オックスフォードでの博士号取得までの険しい道のり
『赤と青のガウン』を読む意義は、彬子女王にまつわる面白い出来事や留学中のご様子を垣間見ることができる以外にも、彬子女王の研究への取り組み方や日本美術への情熱を知ることができる点にもあると私は思います。
博士号取得までには、最低3年以上も同じ研究を続け、その成果を言語化し積み重ねていく論文執筆、そして出来上がった博士論文が大学に提出するレベルに達しているかを測るための口頭試問を経なければなりません。
博士論文については英文で300ページを超えるものを書くというのですから過酷さが想像できます。
論文のテーマは“19〜20世紀に大英博物館が収集した日本の美術品とその展示の事例にみる、英国人の日本美術観の変化について“。
資料調査をし、歴史のかけらを集めてつなぎ合わせ、論拠立てて記述する…
開けても暮れても部屋にこもり「博士論文を書く」以外のことができなくなった最後の1年、彬子女王はストレス性胃炎を患われます。
(前略)食べても飲んでも気持ちが悪いし、ときどき刺すような胃の痛みが襲う。(中略)診察のあと告げられた病名は「ストレス性胃腸炎」。(中略)結局は、論文提出まで数か月に一度のペースで「博士論文性胃炎」に苦しめられることになったのである。
彬子女王「赤と青のガウン」PHP文庫,2024年5月,310ページ
立ちはだかる壁は論文執筆だけではありません。
自分の書きたい内容や論文の方向性を指導教授に認めてもらえない辛さ、筆がなかなか進まない焦りや苛立ち、そして多忙を極める指導教授を捕まえて書きあがった論文の最終チェックをお願いし、OKをもらうこと……
プリンセスだからと言って、彬子女王はご自身に妥協も甘えも一切許さず、真摯に論文執筆と向き合われます。
論文完成までの思わぬ事件の連続に、読んでいてこちらまでハラハらさせられました。
ようやく論文が完成したら、次は口頭試問といって対面で試験官からの質問に答える試験が待ち受けています。
口頭試問当日の朝の気が遠のきそうなほどの緊張具合はこちらにもひしひしと伝わってきました。
そして2010年1月19日、彬子女王は口頭試問に合格し、博士号を取得されました。
口頭試問のでの試験管とのやり取りや、合格までの過程は非常に興味深い内容なので、ぜひ『赤と青のガウン』を読んでみていただきたいと思います。
まとめ
(このブログを公開するにあたって、敬語の使い方が間違っていないかどうか自信がなくてドキドキしています。)
『赤と青のガウン』は、普段知ることのできないプリンセスのご留学中の様子を知ることができる大変貴重な一冊でした。
彬子女王のフランクなお人柄が垣間見えるエピソードや事件の数々は本当に面白く、ページをめくる手が止まりませんでした。
また、冒頭でも書いた通り、彬子女王の博士号取得は女性皇族として史上初めての事であり、海外での博士号取得は皇族として史上初でもあります。
オックスフォードでの博士号取得までの道のりは、これまで書いた通り決して平坦ではなく、お苦しいこともたくさんおありだったかと思います。
特に、論文の書きたい方向性が指導教授に理解してもらえずポロポロと涙を流すシーンは自分の経験と重なり、胸が痛くなりました。
それでも決して志した道を諦めることなくご自身の研究を突き詰めていく彬子女王のお姿に胸が熱くなりました。
読後はお目にかかったこともない彬子女王から、「論文はあなただけの力で書くものではない。周囲の方のお励ましやご支援があって書けるもの。あきらめずに頑張って!」と激励されているような気持ちになり、大変刺激を受けました。
さらに、『赤と青のガウン』の文庫本化には後日談があります。
彬子女王が本屋さんのレジに並ばれていたところ、前に並んでいる方の手には『赤と青のガウン』が。
思わず「ありがとうございます!著者です!」と話しかけてしまわれたとのことです。
その時のエピソードが彬子女王の特別寄稿に詳しく書かれているのでぜひご覧ください↓
彬子女王殿下が、いつもの「本屋パトロール」中に起きた奇跡的な出来事〈特別寄稿〉 | PHPオンライン|PHP研究所
勉学に励んでいる方はもちろん、日本のプリンセスがオックスフォードで博士号を取得するまでのストーリーに興味を持たれた方はぜひお手に取ってみてください。
エミリーの本棚ではほかにもおすすめの本の書評を書いています。
ご興味のある方はぜひご覧ください。
最後までお読みいただきありがとうございました。