夏のよく晴れた日、東京上野の国立西洋美術館を訪れました。
この美術館は、ヨーロッパの美術作品が多く展示されていることで知られ、長い間訪れてみたいと思っていました。
国立西洋美術館は1959年に開館した、上野公園内にある美術館です。
展示されているのは、川崎造船所の社長を務めた実業家の松方幸次郎が1916年頃からイギリス、フランス、ドイツ等で収集した印象派などの19世紀から20世紀前半の絵画・彫刻を中心とする美術コレクションが中心です。
この美術館の創設には、日本が戦後、国際的な文化交流を図る一環として、ヨーロッパの名作を集める目的がありました。
建物はフランスで活躍した建築家ル・コルビュジエによる設計で、モダンなデザインが特徴的です。
また、2016年に「ル・コルビュジエの建築作品」の一部として世界遺産に登録されています。
また、企画展では2024年6月11日(火)〜8月25日(日)まで、筑波大学・茨城県立医療大学名誉教授の内藤裕史氏の写本のコレクションを展示した『内藤コレクション 写本 — いとも優雅なる中世の小宇宙』が開催されています。
写本とは、印刷技術が普及する以前に手作業で書き写された書物のことです。
中世ヨーロッパでは、羊や牛の皮を薄く加工した紙に、修道院の写字生たちが書き写す作業を行っていました。
写本には写字生たちによる美しい装飾が施されており、一点一点じっくりと眺める価値があるでしょう。
このブログでは、国立西洋美術館の常設展の名画の数々や、2024年6月11日(火)〜8月25日(日)まで開催している企画展『内藤コレクション 写本 — いとも優雅なる中世の小宇宙』で特に印象に残った作品をご紹介します。
美しい作品の数々を写真におさめたので、ぜひ最後までご覧下さい。
国立西洋美術館の常設展の見どころ
国立西洋美術館の常設展示では、ルノワールやモネ、ピカソなど、誰もが知る絵画の巨匠たちの作品が数多く展示されています。
この常設展では370点もの作品に出会うことができますが、その中でも特に印象的だった作品をここでご紹介しましょう。
キリスト教をテーマにした作品
キリスト教の教義や物語は多くの芸術作品の主題となっており、西洋美術の発展にも大きな影響を与えてきました。
国立西洋美術館にも、キリスト教を主題にした絵画が数多く展示されています。
ここでは、キリスト教をテーマにした作品をいくつかご紹介します。
『キリスト降誕』 ロレンツォ・レオンブルーノ・ダ・マントヴァ
『新約聖書』には、マリアは馬小屋にてイエスを産み、布に包んで飼い葉桶に寝かせたと書かれており、『キリスト降誕』はその場面を描いたものです。
『三連祭壇画:キリスト磔刑』 クレーフェ・ヨース・ファン
中央には磔にされたキリストが、左右の翼部にはこの絵画の寄進者夫妻が描かれています。
『聖母子』 アンドレア・デル・サルト
『聖家族と幼児洗礼者聖ヨハネ』 ベルナルド・ストロッツィ
『聖家族』 ヤーコプ・ヨルダーンス
幼いイエス・キリスト、聖母マリア、養父ヨセフが描かれています。
『ピエタ』 ギュスターヴ・モロー
「ピエタ(Pietà)」とは、キリスト教美術における特定の主題を指す言葉で、イタリア語で「憐れみ」や「慈悲」を意味します。
このテーマは、死んだキリストの遺体を膝に抱いて嘆く聖母マリアを描いたものです。
ピエタ像は、中世からルネサンス期にかけて多くの芸術家によって制作されました。
『純潔』 ウィリアム・アドルフ・ブーグロー
この『純潔』の作者ウィリアム・アドルフ・ブークロ―は天使や少女、女性を題材とした作品を多く残したことで知られています。
この絵画はマリアとイエス、羊が描かれています。
キリスト教では「羊」がたびたび登場しますが、キリスト教と羊には深いつながりがあります。
聖書では、神やイエス・キリストが「良き羊飼い」として描かれ、人々は羊にたとえられます。
羊飼いは羊を守り、導く存在であり、羊はその声に従います。
また、イエス・キリストは「神の子羊」としても知られています。これは、イエスが人々の罪を贖うための犠牲としての役割を果たすことを意味します。
この『純潔』は、聖母マリアの慈愛と柔らかい雰囲気が感じられて、ひときわ印象に残りました。
印象派の巨匠 クロード・モネが描く風景
クロード・モネは、19世紀のフランスにおける印象派を代表する画家です。
モネ代表作『印象・日の出』(1872年)は印象派の名前の由来になった
モネの作品には、自然の移ろいゆく光と色を捉えた風景が多く、彼の画風は印象派の特徴を如実に示しています。
本記事では、国立西洋美術館で出会えるモネの絵をご紹介します。
『睡蓮』
モネは睡蓮を題材にした絵を数多く残しており、国立西洋美術館に展示されているのは1916年に描かれたものです。
この有名な『睡蓮』は200.5 x 201 cmもの巨大なキャンバスに描かれており、その筆致と色使いも相まって、見る者を圧倒させます。
対象物そのものを描いているというよりは、それらがまとっている光や空気、オーラを描いているような印象を受けました。
この『睡蓮』、少し離れたところから見るのと、近くで見るのとでは、全く違った見え方がするのです。
この描き方は、ラフな筆致で絵具を置いていく筆触分割という印象派の手法だそうです。
通常、色をつくる際、何色かの絵の具を混ぜてイメージに合う色を作っていきますが、筆触分割では、色を混ぜ合わせるのではなく、一つ一つの筆触が隣り合うように配置します。
こうすることで、隣接する筆触の色が鑑賞者の目で混ざり合い、異なる二色が一つの色として見えるのです。
『舟遊び』
『舟遊び』は有名なので、どこかで目にしたことがある方が多いかもしれません。
モネが最初の妻カミーユの亡きあと再婚したアリスの二人の連れ子、ブランシュとスザンヌをモデルにして制作したものです。
水面の揺らめきや反射する光、そこに映る女の顔が描かれているのがわかります。
『黄色いアイリス』
『陽を浴びるポプラ並木』
『並木道(サン=シメオン農場の道)』
『雪のアルジャントゥイユ』
国立西洋美術館 企画展 『モネ 睡蓮のとき』
国立西洋美術館では、2024年10月5日~2025年2月11日まで、企画展『モネ 睡蓮のとき』を開催します。
『モネ 睡蓮のとき』では、モネの晩年の作品に焦点を当てた国内外のモネの名画が国立西洋美術館に集結します。
先ほどもご紹介した『睡蓮』はモネの晩年の最も大きなテーマで、『睡蓮』の名を冠する20点以上もの名画をこの企画展で鑑賞することができます。
ご興味を持たれた方はぜひ訪れてみてはいかがでしょうか。
点描法を発展させた新印象派の画家 ポール・シニャックの『サン=トロぺの港』
私が見た数々の名画の中でも特に印象に残ったのが、印象に残ったのが、『サン=トロぺの港』です。
みなさんはポール・シニャックという新印象派の代表的画家をご存知でしょうか。
ポール・シニャックをはじめとする新印象派は、直感的だった印象派の色彩理論を科学的に進化させ、1880年代から20世紀初頭にかけての点描画法による鮮明な色彩表現を追求しました。
『サン=トロぺの港』は、色鮮やかで温かく明るい陽光が感じられます。
この『サン=トロぺの港』も、モネの作品と同様に、近づいて見ると少し違って見える作品です。
対象物が、線ではなく非常に緻密に描かれた点の集合で表現されているのがわかります。
これは、点描法と言われる技法で、この絵の作者ポール・シニャックにも影響を新印象派(点描画法による鮮明な色彩表現や、印象派が失ったフォルム、画面の造形的秩序の回復を目指した1880年代から20世紀初頭にかけての絵画の一傾向のこと。)のスーラという画家が確立した技法だそうです。
少し離れて見ると、隣り合った点の色が混ざって見えます。
不思議なことに、陽光や水面に反射した光がまぶしく感じられます。
柔らかな色彩で幸福を描く画家 ピエール・オーギュスト・ルノワール
ルノワールもモネと同様、フランスの印象派を代表する画家の一人です。
彼の作品は、豊かな色彩と温かみのある人間描写が特徴で、主に日常生活の喜びや美しさをテーマにしたものが多くあります。
国立西洋美術館に展示されているルノワールの作品を3点ご紹介します。
『帽子の女』
『帽子の女』は、絵画に詳しくなくとも見たことがある方が多いのではないでしょうか。
ルノワールの柔らかいタッチとあたたかい色合いが特徴的な作品です。
『アルジェリア風のパリの女たち(ハーレム)』
『木かげ』
近代絵画の父 ポール・セザンヌが描く風景
セザンヌはフランスの画家であり、現代絵画の父も呼ばれるポスト印象派を代表する芸術家です。
セザンヌの作品は、20世紀の美術に大きな影響を与えました。
『ポントワーズの橋と堰』
セザンヌが住んでいたパリ北西のポントワーズという都市を題材にした作品。
『葉を落としたジャ・ド・ブッファンの木々』
ジャ・ド・ブッファンはセザンヌの父が購入した別荘で、そこに生えていた木が描かれています。
企画展 内藤コレクション 写本 — いとも優雅なる中世の小宇宙
写本とは、印刷技術が普及する以前に手作業で書き写された書物のことです。
中世ヨーロッパでは、羊や牛の皮を薄く加工した紙に、修道院の写字生たちが書き写す作業を行っていました。
これらの写本には、宗教的な文書、哲学書、科学書、そして文学作品などがあります。
特に中世の写本は、美しい装飾や細密画で彩られ、芸術作品としても高い評価を受けています。
写本は一つ一つが手作業で作られているため、一冊を製作するのに膨大な時間がかかり、大変高価な品です。
まだ印刷技術のなかった中世ヨーロッパでは、写本が当時の知識や文化、宗教的価値観を伝える重要な資料でした。
『内藤コレクション 写本 — いとも優雅なる中世の小宇宙』は、筑波大学・茨城県立医療大学名誉教授の内藤裕史氏の写本のコレクションを展示したもので、2024年6月11日(火)〜8月25日(日)まで開催しています。
以下では、企画展で展示されている美しい写本の一部をご紹介します。
詩編集零葉 イングランド、ロンドン(?) 1400-25年
零葉(れいよう)というのは、一冊の完全な本ではなく、写真のように一部のページのみの不完全な状態のものを言います。
『内藤コレクション 写本 — いとも優雅なる中世の小宇宙』では、このような美しい零葉が多数展示されています。
典礼用詩編集零葉 イタリア、フィレンツェ 1510-20年頃
典礼用詩編集とは、修道院や教会で1日8回、決まった時間に行われる聖務日課のために、旧約聖書の「詩編」や聖歌、祈りの言葉などを集めて構成したものです。
こちらの典礼用詩編集零葉には天使の絵が描かれています。
時禱書零葉 イングランド 1390-1400年
時禱書とは、祈祷文や詩編を集め、その内容に合わせた挿絵をつけ、ローマ・カトリック教会のキリスト教徒としての信仰・礼拝の手引きとして編集されたものです。
このイングランドの時禱書には磔刑に処されたイエス・キリストの姿が描かれています。
黙示録のバラ家の画家(アンヌ・ド・ブルターニュのいとも小さき地頭所の画家)原画(「鞭を持ったアグリッパの巫女」、「揺り籠を持つサモスの巫女」)
時祷書零葉 フランス、パリ、ヨランド・ポンノム印行(?) 1520年代(?)
リュソンの画家(彩飾) 時祷書零葉 フランス、パリ 1405-10年頃
こちらの零葉は受胎告知の場面を描いたものです。
細かい装飾が美しいですね。
サン・ピエトロ大聖堂参事会員の聖務日課聖歌集の画家に帰属(彩飾)
聖務日課聖歌集由来ビフォリウム イタリア、ローマ(?) 1285-1300年頃
マッティオ・ディ・セルカンビオの追随者にかつて帰属(彩飾)
ミサ聖歌集零葉 イタリア, カンブリア地方またはアブルッツォ地方ないしマルケ地方 1400-25(?)
こちらは金の装飾が美しい、ミサのために作られた零葉です。
五線ではなく四線の上に音符が書かれているのがわかるでしょうか。
このような中世の楽譜は「ネウマ譜」と呼ばれます。
楽譜に描かれている曲は、キリスト教の聖歌です。
フラーテ・ネブリディオの追随者(彩飾)
ミサ聖歌集零葉 イタリア、ヴェネツィア(?) 1479-80年頃
時祷書零葉 南ネーデルランド 1460-70年頃
聖務日課聖歌集零葉 ドイツ、ライン川下流域ないしヴェストファーレン地方 1400-20年頃
聖務日課とは、キリスト教会で昼夜の特定の時刻に行われる典礼の一つです。
聖務日課聖歌集零葉 ドイツ南部 アウクスブルク(?) 1490年代前半
聖務日課聖歌集零葉 南ネーデルランド、トゥルネー 1330-40年頃
こちらの零葉には、左上にキリスト復活のイニシャルが描かれています。
聖務日課書由来ビフォリウム フランス北部、おそらくノルマンディー地方 13世紀後半
聖務日課聖歌集(?)零葉 カスティーリャ王国、エストレマドゥーラ地方、おそらくサンタ・マリーア・デ・グアダルーペ修道院 1450-75年
こちらの零葉はとても華やかな植物の装飾が施されており、とても美しいです。
映画『薔薇の名前』で見る写本制作の様子
『薔薇の名前』は、ウンベルト・エーコが1980年に発表した小説です。
1327年、北イタリアのカトリック修道院を舞台に起きる怪事件の謎を、フランシスコ会修道士のウィリアムとベネディクト会の見習修道士メルクのアドソが解き明かしていくストーリー。
全世界で5500万部を超えるベストセラーとなり、1986年には映画化されました。映画『薔薇の名前』の撮影に使われたのはドイツのヘッセン州エルトヴィレ・アム・ラインにあるエーバーバッハ修道院です。
中世修道院での生活や道具などを忠実に再現するため、衣服から小道具に至るまで詳細に復元されたそうです。
この映画では、写字室で写字生が写本を制作する様子や修道院内の図書館が見られるため、写本について興味を持った方はぜひご覧ください。リンク
国立西洋美術館で素晴らしい芸術の旅を
国立西洋美術館は、まさに芸術の宝庫でした。
一つひとつの作品が語りかける歴史や物語に触れることで、私はヨーロッパの美の深淵に引き込まれたように感じました。
特に、印象派の巨匠たちが描いた光と色の調和や、中世の写本が紡ぐ神秘的な世界には、言葉を超えた感動がありました。
これから国立西洋美術館に訪れる方々も、ぜひ時間をかけてじっくりとこれらの芸術に触れ、心に響く瞬間を楽しんでください。この美術館での出会いが、きっと忘れられないものになるでしょう。
芸術の海へもっと深く潜ってみたい方にはこちらの本がおすすめです。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。